現在、放送業界では、4K・8Kといった次世代放送への移行に伴い、ライブプロダクションシステムについてもIP化の波が押し寄せています。IP化で重要となるのが「時刻同期」です。
本コラムでは、映像分野におけるIPでの同期技術の最前線や、実際の機器との相互接続実験をはじめとするセイコーソリューションズの取り組みを、幅広くわかりやすく解説いたします。(最新号はこちら

第2回 PTP(SMPTE ST 2059)相互接続テスト

~アリスタネットワークス社 PTP対応スイッチとの多段接続での精度測定~

 

相互接続テスト実施の経緯と目的

前回のコラムでは、映像制作/伝送分野におけるIP化の進行と、それに伴うIPネットワークでの時刻同期の必要性についてご紹介しました。

その中でお話ししたように、今後の放送業界においてはPTP(SMPTE ST 2059)による時刻同期が必須であるにもかかわらず、SMPTE ST 2059-2に対応したL2スイッチは数少ない状況です。

 

放送/証券業界での定番L2スイッチとの相互接続テストを実施

そこで、まずは弊社グランドマスタークロックTime Server Pro. TS-2950 以下、GM)とアリスタネットワークス社のL2スイッチ(Arista 7150シリーズ)で、放送系プロファイルにおいて、接続実績作りと精度測定を目的とする相互接続テストを実施しました。

アリスタネットワークス社の「Arista 7150シリーズ」は、同一スケールの他社製品と比較して低レイテンシーでBC/TCをサポートしている、放送業界/証券業界で広く採用されているL2/L3スイッチになります。

グランドマスタークロック タイムサーバー TS-2950
セイコーソリューションズ
グランドマスタークロック「Time Server Pro. TS-2950」
超低レンテンシー・スイッチ 7150シリーズ
アリスタネットワークス 超低レンテンシー・スイッチ「7150シリーズ」

 

 

 

 

今回は、かなり技術的な部分に踏み込んだ内容になりますが、ぜひ最後までお楽しみください。

 

L2、BC、TCの違い

L2/BC/TCの違いは以下の通りです。

PTP時刻同期に対応しているスイッチ
BC:バウンダリークロック
TC:トランスペアレントクロック

PTP時刻同期に対応していないスイッチ
L2:PTP unawareスイッチ

L2、BC、TCの違い

 

相互接続テストの方法とパターン

今回の相互接続テストでは、PTPのGMから多段に接続されたArista 7150S(以下、Arista)をL2、TC、BCモードにコンフィグした場合の、周波数、位相の変化について測定を行いました。PTPプロファイルは、Media over IP同期に用いられる「SMPTE ST 2059-2」を使用しています。
なお、測定パターンと測定環境としては下記の想定としました。

【測定パターン】

  • Arista機のL2,TC,BC多段構成動作の場合について測定する
  • 測定は、GMとBC配下の擬似Slaveの1PPS_TEを測定する
  • BC~擬似Slave間のPDV:Packet Delay Variationについて測定する
  • 測定結果は数値の記載は控え、SMPTE ST 2059-2で規定している時刻同期確度1μs(マイクロ秒)内を満たせば、未達成であれば×と表記しました。
    (※本測定においては生データによる装置性能競争の意味合いではなく、あくまでもMedia over IPにて利用する指標として利用いただくことを主眼としています。生データをご希望の場合はコラム最後のお問い合わせ先よりご用命ください)

【測定環境】

L2/BC/TCでの相互接続テストの測定環境

(検証風景)

Time Server Pro. TS-2950とARISTA 7150Sの相互接続テスト(写真)

 

検証結果1 (L2構成による同期確度の測定)

事前準備が完了したところで、今回の相互接続テストの各項目の測定に入りました。

最初の検証はL2構成による同期確度の測定です。
PTP unaware環境において同一経路をPTP/主信号が流れた場合のPTP揺らぎを測定するため、AristaのPTP機能をOFFとした状態でPPS/PDV測定を実施しました。

【測定環境】

L2構成による同期確度測定のシステム構成

【検証結果】

背景負荷なし
結果:同期確度1μs内を確認

  PPS PDV
Max TE -
Min TE -
TIE △
  • PTP unawareにも関わらずPPS TE,PDV TE共に規定値の1μsを大きく下回る結果となった。
  • 背景負荷なしであれば十分PTP伝送に耐えうると言える。

背景負荷あり
結果:同期確度1μsオーバーでNGであることを確認

  PPS 負荷印加直後 PDV PPS 安定領域 PDV
Max TE × - -
Min TE × - -
TIE △ × × ×
  • 10Gbps背景負荷の印加直後に、最大-3msのTIEΔが観測され、SMPTE ST 2059-2規定値の1μs内には収束しなかった。印加直後のタイミング以外でTIEΔを観測したところ、1μs内に収束した。
  • PDVにおいては、負荷の印加直後よりSMPTE ST 2059-2規定値の1μs内を満たさなかった。

考察

  • Aristaは低遅延スイッチを特徴としている。したがって遅延量の影響を受けにくいため、背景負荷なしの結果として、PTP単独で通した場合は3段でも十分に確度担保可能となる。
  • 背景負荷印加直後に3msのPPS時差が発生する理由は、主にSLAVEの制御ロジックにあると考える。したがって、本試験にてAristaの性能が劣っているという考えは早計である。背景負荷印加から数秒後には安定したPPSを出力していたためである。
  • PDVについては規定値に対してオーバーしており、結果としてはNG判定となった。
  • PTP unaware SWでは、主信号とPTPを同一伝送路で転送することは困難であるという結果となった。

 

検証結果2 (BC構成による同期確度の測定)

次の検証は、BC構成による同期確度の測定を行いました。
PTP aware環境において同一経路をPTP/主信号が流れた場合のPTP揺らぎを測定するため、AristaのBC機能をONとした状態でPPS/PDV測定を実施しました。

【測定環境】

BCでの相互接続テストのシステム構成

【検証結果】

背景負荷なし
結果:同期確度1μs内を確認

  PPS PDV
Max TE -
Min TE -
TIE △
  • PTP awareの威力発揮でGMとほぼ差が発生しないことを確認。
  • TIEΔに関しても、14時間以上の計測にも関わらず規定値の1μs内を十分に満たした。

背景負荷あり
結果:同期確度1μs内を確認

  PPS PDV
Max TE -
Min TE -
TIE △
  • PDVのTIEΔに関しても、背景負荷の印加直後から15時間以上測定し、規定値の1μs内を満たした。
  • SLAVE PPSのTIEΔに関しても、負荷印加直後から15時間経過の間、背景負荷なしと同様の測定結果となり、規定値を満たした。

考察

  • 本計測のみ、14時間、15時間(背景負荷なし/あり)と長時間測定を行った。そのため、GMのdTEが広く分布し、生データでの比較ではAristaのBC性能よりもGMのdTEを測定しているかのようなトレース性が認められた。
  • 上記結果からBC性能は十分規定値の1μs内を満たす結果となった。
  • また、GMはGPSに対して100nsの揺れが生じることは既知であるが、そのdTEが乗っている生データにおいても規定値をクリアした。

 

検証結果3 (TC構成による同期確度の測定)

最後の検証が、TC構成による同期確度の測定になります。
PTP aware環境において同一経路をPTP/主信号が流れた場合のPTP揺らぎを測定するため、AristaのTC機能をONとした状態でPPS/PDV測定を実施しました。
ただし、Aristaは異速度でのTCが動作しないことが判明したため、負荷試験機、Arista間共に1Gbpsにて計測を実施しています。

【測定環境】

TCでの相互接続テストのシステム構成

【検証結果】

背景負荷なし
結果:同期確度1μs内を確認

  PPS PDV
Max TE -
Min TE -
TIE △
  • PDVのΔTEは規格値である1μs内を十分満たした。
  • SLAVE PPSのTIEΔは全ての測定において最小値を記録し、TC動作で期待できる時間の揺れが、十分かつ最も少ないことが観測された。

背景負荷あり
結果:同期確度1μs内を確認

  PPS PDV
Max TE -
Min TE -
TIE △
  • PDVのΔTEは規格値である1μs内を十分満たした。
  • SLAVE PPSのTIEΔに関しては、負荷有にも関わらず非常に揺れが少ないことが観測された。

考察

  • PPS TEにおいては、SMPTE ST 2059-2規格に関して十分にマージンを持って合格していると言える。また、全測定においてΔTEが最小であった。
  • BCとTCに関する議論において、どちらがより優れているか質問されることが多いが、TEに関してはTCが優れる結果となっている。ただし、生データにおいては数nsの違いであり、測定誤差の範囲であると考えることができる。

 

検証結果のまとめ

結果まとめ

L2、BC、TCを3HOPした状態で確度測定を実施

  • 背景負荷なしにおいては、全ての構成にてSMPTE ST 2059-2の規定値をクリアした。
  • L2スイッチ(PTP disable)に設定した際のみ、ΔTIEは同期精度1μsオーバーとなりNGとなった。

結論

放送/証券業界向け時刻同期要件は、同期精度1μs内である。

  • 今回の相互接続において、(Aristaのような)超低レイテンシースイッチを採用したとしても、
    PTP機能を有効にしなければ、時刻同期要件を確保することは困難であることが判明した。
PTP接続構成 背景負荷 PPS PDV
L2×3 None
10Gbps印加直後 × ×
10Gbps印加連続 ×
BC×3 None
10Gbp
TC×3 None
1Gbp

■ :NG(同期精度1μsオーバー) ※L2スイッチ時のみNG発生

■ :OK(同期精度1μs内)

PTP aware環境の構築は不可欠という結果に

以上の結果から、今後の放送業界でPTPによる時刻同期に対応するためにも、PTP aware環境の構築が不可欠であることはご理解いただけましたでしょうか。
セイコーソリューションズはこれからも色々なメーカーの機器との相互接続テストを続けていきますので、続報を楽しみにお待ちください。

最後になりますが、今回の検証にご協力いただきましたアリスタネットワーク様に感謝申し上げます。今回の検証を行った弊社エンジニアからも、非常に製品の操作性が良く、検証が楽に行えたとのコメントがありました。

また下の写真は、アリスタネットワークス様との合同検証初日に弊社会議室で撮影しました現場のライブ感ある写真になります。今回のように、室内で検証をさせていただく場合は、GPSシミュレータを利用してGPS情報をGMおよび測定機に同期させます。

室内でのテストではGPSシミュレータを利用してGPS情報をGMおよび測定機に同期させます

次回は、Inter BEE 2017で実施した相互接続テストのデモについてご紹介します。
また、本コラムではPTPにかかわらず映像分野におけるIPでの同期技術や、弊社の取り組みについてご紹介予定ですので、ご期待ください。

 

アリスタネットワークス社について

アリスタネットワークスは、大規模なデータセンター・ストレージとコンピューティング環境に特化したSDCN(Software Driven Cloud Networking)ソリューションを開発・提供する企業として設立されました。
また、高いスケーラビリティと優れたパフォーマンスを実現する超低レイテンシー・クラウド・ネットワーク製品の業界リーダーであり、電力消費と設置面積を抑えた現在のデータセンターとクラウド・コンピューティング環境に最適な製品ラインナップを取り揃えています。
https://www.arista.com/jp/

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著者プロフィール

橋本 直也

著者近影:橋本氏セイコーソリューションズ株式会社
製品企画部門で、マーケティング・プロジェクトマネージメントを担当

■経歴
1992年~ 2004年 沖電気工業株式会社にてATM交換機のハードウェア開発に従事
2004年  入社
2004年~ 2013年4月までハードウェア開発エンジニア、主に方式設計に従事
2013年~ 製品企画部門へ異動

近年は、PTP IEEE1588時刻同期関連製品の研究開発、マーケティング業務に従事。現在に至る。

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